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カメラマンと白い肌の彼女

Coffee

Coffee Farm

僕は、コーヒー農園で働いている。

このコーヒー農園で働くようになってから、どのくらい経つだろう。
まともに履歴書を書こうとすると、1枚じゃ収まりきらないくらい転職を繰り返してきたけれど、全部ひっくるめても、ここで働いているキャリアの方が長いと思う。

僕の住む島では、毎日いろいろなことがある。
楽しいことや、思わず笑ってしまうこと。
もちろん、ちょっと腹の立つことも。

大切なのは、起きた出来事を、受け入れること。
毎日のいろいろなイベントを、どうやって楽しむかってことだと思う。

この島の良いところはいくつもあるけど、島ならではの魅力といえば、四方を海で囲まれていること。
つまり、家を出て歩き出せば、立ち止まらない限りいつか海に辿り着く。

コーヒー農園の朝は早いから、この仕事についてからは、早朝のサーフィンを諦めて、夕方の海に入るようになった。
朝陽を見ながら入る海は最高だけど、夕陽を見ながら入る海もまた素晴らしい。

Marble skin

白い肌の友人

ある日、日本の友人が遊びにやって来た。
旅の目的だったという、ブランドショップ巡りは、この島に来る前に済ませて来たらしく、空港に迎えに行った時には、僕でも知っているブランドのロゴが入った紙袋を両手にたくさん抱えていた。

彼女の肌は白い。褐色の肌を見慣れている僕にはとてもまぶしい。
透きとおるような肌というのはこの事だと思う。
彼女の場合、比喩ではなく本当に血管が透けて見えるようだ。
かといって不健康には見えないし、病弱なタイプでもない。
そういえば日本にいた頃
「私は絶対に肌を焼かない主義なの」と言ってたっけ。

彼女は、サーフィンはもちろん、陽差しの強いビーチにも興味はないようで、観光といえば、僕の働くコーヒー畑を案内したり、採れたコーヒーを美味しく淹れてくれるカフェに連れ歩いた。

それでも、この島の魅力といえば美しい砂浜と海なわけで、一度サーフィンを勧めてみたが案の定
「私、肌を焼かない主義なの」と言って、水着になることも無く、ビーチにいる時間もほんの僅かだった。

彼女が帰る5日目、カフェで彼女と向き合っていた。
そこはカフェというより、喫茶店という感じで、彼女や同世代の女性から見れば、決しておしゃれとは言い難く、よくも悪くも田舎くさい雰囲気だった。

しかし、この島にやって来た初日に連れていくと、彼女はここを気に入った様子で、何だかんだと5日間、同じカフェで昼食を取っていた。

無愛想なマスターに、彼女が今日帰ると告げると、店のおごりでパンケーキを出してくれた。
彼との付き合いは5年以上になるが、そんなサービスは初めてだというと、彼女は嬉しそうに笑った。
ちなみに、ここのパイナップル・パンケーキは絶品。

彼女は帰国後の仕事や、今後のキャリアについて楽しそうに喋っている。
私がコーヒーのお代わりを頼もうとした時に、店内に彼がやって来た。

pained

無口な彼

彼は私を見ると、いつもの困ったような顔をして、口をほとんど動かさずに挨拶をする。
「Hi……」
私と挨拶を交わすと、いつものカウンター席に座り、マスターに注文を済ませてから新聞を広げた。

無口な彼は、話すときも、あまり大きく口を開かない。
まるで口を開くと、そこから大事なものが逃げてしまうのではないかと心配している素振りにも見える。

先ほどまで楽しげに話していた彼女は、カウンターの奥に座る彼の方を興味津々といった目つきで見ていた。
僕は苦笑いしながら
「気になるかい?」と尋ねる。
「う〜ん、そういうのじゃないんだけど」と新しいコーヒーをかき混ぜながら
「不思議な人だな、って思って」というと、もう一度彼の方を見てから
「なんていうんだろう、うまく言えないんだけど……」と、少し困ったような顔をして、しばらく無言になる。
そして唐突に言った。
「彼って、セクシーね」
その表現が当を得ていたので、僕も頷いた。

「そう、彼は写真家なんだ」カップを持ち上げながら、彼について知っていることを説明し始めた。

Photographer

カメラマン

彼は紛争の絶えない国に生まれ、幼い頃に両親を亡くし、違う国の遠い親戚に育てられた。
言葉も文化も大きく違う国で、彼は家庭にも学校にも馴染めずにいた。
そんな彼の境遇をよく知る、学校の担任が彼に中古のカメラを譲ってくれた。
少年時代の彼は、ファインダー越しに覗く世界から、次第にコンタクトを取り始め、やがてカメラが生活の糧となった。

新聞社のカメラマンとしてキャリアを積み、スペインで闘牛のカメラマンとして世界的に名前を売り始めた頃、彼の祖国で新たな戦争が起こったというニュースが入る。

彼は迷わずカメラを携え、10年ぶりに帰国した。
以来、祖国だけでなく戦争のある各地を周り、戦争カメラマンとして、戦争の悲惨さを世界に伝えている。

彼は、つかの間の休暇を取ってはこの島に来て海に入り、身体を休める。
そして、また戦場へと戻っていくのだ。

戦争という極限の状態を間近で見てきた彼には、常々、不思議な魅力があると思っていたのだ。
強いて言えば哀愁という表現が近いのだろうが、それもどこか違う気がする。
それを彼女にセクシーと表現されて、何だか妙に納得してしまった。

「でもね」と、そこまで話してからコーヒーを口に含む。
「でも?」
「彼はボードに乗って沖に出れば、饒舌と言わないまでも普通に喋るし、よく笑うんだよ」

実際、彼の過去や職業について聞いたのは、同じポイントで波待ちをしていた時だった。
なので私は戦場カメラマンじゃなく、サーフフォトグラファーになればいいのにって思っていた。

実際に、彼にそう言ったことがあるけど、いつもの困ったような顔で首をかしげるだけだった。そんな会話をしたのも確か、このカフェだっけ。

そうか、もし海の上で同じ会話をしていたら答えは違ったのかも。
などと考えていると、彼女が少し照れ臭そうに笑いながらこう言った。
「ねぇ、今度、私にもサーフィンを教えて」

Inspired by “Wahine ‘Ilikea

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